あやまちの庭

 革張りの椅子で、ジョルノはゆっくりと脚を組み直した。
 マホガニーのデスクを挟んだ対面に、つい先ほど任務から戻ったミスタが立っている。長身を包む丈の長いコートからは、硝煙のにおいと外の冷気がまだかすかに感じられる。しっかり留められたままのボタンをジョルノが見ると、ミスタは居心地悪そうに今は見えないへそのあたりに右手をやった。見つめる時間の長さに伴うように、腹に添えられた右手の上に左手が重なり、さらには微妙に身をよじられてしまう。ジョルノはじろりと視線を上げて、頑なに逸らされているミスタの真っ黒い目を見た。
「……応急処置って、もちろん重要だけどあくまでその場しのぎなんですよ。絆創膏巻いて終わりのさかむけなんかならともかく、たいていの傷は応急処置のあと適切な治療が必要だ」
 デスクの上で両手を組み、少し首を傾けてジョルノが言うと、対するミスタの眉がぴくりと動く。それからコート越しにもわかる筋肉で盛りあがった肩を小さくすくめて、「急になんだよ」と言った。背けられた顔に、への字の口。これでしらを切っているつもりなのだから呆れてしまう。彼がさりげなく一歩下がったことで空いたわずかな距離を埋めるように、ジョルノはデスクについた肘に体重を乗せて前傾した。不毛なやりとりを長引かせるつもりはない。
「ミスタ、コートを脱ぐんだ」
「イヤだ」
 ジョルノの発した端的な命令を、ミスタははっきりと拒絶した。それから今のはさすがに怪しかったと自分でも思ったのか、じりじりと後退しながら「いや、えっと」とつたなく取り繕おうとしてくる。往生際も歯切れも悪い。ジョルノの眉間に自然としわが寄る。
「そ、そりゃあよぉ〜、ボスの前でコート着たままなんて部下に示しがつかねーかもしんねーけどよぉ、今日はちょっとほらっ、寒いじゃあねーか。だから大目に──」
「寒いなんて、そんな汗だくでよく言いますね。隠したって無駄だ、早く脱げ」
「わ、ちょっ、来んなって!」
 立ち上がってデスクの前に回り込んだジョルノからとっさに逃げようとしたミスタが、身をひねった瞬間わずかによろめいた。ジョルノはその隙を見逃さず、素早く出現させたGEで床に拳を叩き込む。生命を与えられた床はネットのように張り巡らされた蔦に変わり、大きくたわんでミスタの体を沈ませた。
「うわっ!?」
 足を取られ、尻もちをついてもがいているミスタの四肢に、ダメ押しの蔦が絡みつく。もともと黒豹のような佇まいの男だ、こうなってしまうとすっかり捕獲された野生動物の有り様だった。悔しそうに唸りながらこちらを見上げてくる姿は、皮肉にもこれまで同じ方法で拘束したどんな敵よりも様になってしまっている。
 ジョルノは伸びた蔦はそのままに床をもとの板状に戻すと、ミスタの開いた脚の間を陣取ってしゃがんだ。しわになったコートの中心、留められたままのボタンのひとつに人差し指で触れる。へその少し上あたりだ。少し押しただけでく、と苦しげな息を漏らしたミスタを、冷ややかに見下ろす。
「まだ抵抗するなら、蠅に変えたっていいんですよ。きみが給料はたいて買ったこのコート」
 想像したのか、ミスタは思いきり顔を歪めてひとつ身を震わせた。それから忌々しげに舌打ちをして、またふいとそっぽを向いてしまった。
「……抵抗、できると思うのかよ? ここまでされてよ」
 ひねくれた降伏宣言だった。蝿に変えるのはなしにしてやって、ジョルノはミスタのコートのボタンを上から外していく。青に白い網目模様の見慣れたカシミヤが、少しずつ露わになっていく。
 短い裾の下に現れるはずの小麦色の素肌は、白い包帯で隠れていた。隙間なく、へその窪みもわからないくらいに念入りに巻かれたそれには、ところどころ血が滲んでいる。赤色はまだ鮮やかで、下にまだ塞がっていない生傷があるのはこの時点で一目瞭然だった。
 あれこれ小言を言いたい気持ちを抑え、ジョルノは包帯をほどきにかかる。傷にくっついている恐れがあったので、直接ほどくのは早々にやめてGEで花に変えた。白い花が、血の赤を軽やかに引きずって伸ばしながら締まった腹を滑り落ちていく。血で張り付いてしまった花びらは指でつまんで取った。
「……よく自力で帰ってこられましたね、この傷で」
 傷を目の当たりにしたジョルノの呆れと感心の入り混じった呟きを受けて、ミスタが視線だけをそっとこちらに寄越した。
「……治すのか?」
「何度も言ってるけど、治すんじゃあなくて、塞ぐんです」
「んなこたどーでもいいんだよッ。あのよぉージョルノ、」
「痛くしないでってのは無理な注文だよ。何度も言ってるけど」
 ジョルノが先回りして言うと、ミスタはぐっと喉が詰まったような声を発して、整った眉を情けなく下げた。いつもより口数が少ないところを見るに、今回はそれなりに負傷が堪えているらしい。やかましく不平を訴えてこない代わりに、視線で必死にメッセージを送ってくる。痛くするな、やさしくしてくれ頼む。──いつものパターンから考えて、そんなところだろう。
「……だから、無理ですって」
 すがるような目を一瞥し、ジョルノはあえて言葉で応じた。肺の中の空気を出しきるように、これみよがしにため息をつく。何をしても拭いきれない、痛痒い熱を持った違和感は、胸の奥にしぶとく居座ったままだ。

 GEによる修復を受けるときのミスタに、ジョルノはあろうことか劣情をおぼえてしまっている。
 初めのうちは、単純にうるさいとしか思っていなかった。いい年した大の男が、あっちを塞げば痛い痛いと喚いて手足をバタつかせ、こっちを塞げばブリッジでも披露するかのように大きく仰け反る。毎度骨が折れたが、それでもジョルノはミスタが大騒ぎするのをいなし、ときに「ギャングなんだから騒がないでください」などと叱りながら、淡々と麻酔のない外科手術めいた行為を繰り返してきた。
 二ヶ月ほど前のことだ。ジョルノは自ら出向いた任務で下手を打って手負いになり、GEでの修復を久々に自分の体に施した。そしてその翌日、今度はミスタが負傷した。彼が怪我をするのは日常茶飯事で、その日も負傷の度合いから痛がり方まで至って平常運転だったのだが、いつもと違っていたのがジョルノだ。GEに直される痛みを前日自分で実感したばかりだったので、悶絶するミスタにわずかに情が湧いてしまった。痛いですよね、よくわかります。でも、もう少しだけ我慢して。──なんて、たまには優しい言葉でもかけてやろうかという気になったのだ。
 ミスタの顔を覗き込んだジョルノの視界に真っ先に飛び込んできたのは、つややかな黒だった。きつく閉じられたミスタのまぶたを縁取る長く濃いまつげが、長雨にさらされたように濡れて艶めいていた。
 涙だ。そう認識した瞬間、ジョルノは奇妙な感覚に襲われた。じわじわと鼓動が速まって、それに伴うように顔の中心から耳のふちまで熱くなっていって。自分まで泣き出しそうに鼻の奥がツンとして、思わず漏らした吐息が跳ねた。
「は、あ…うぅ……お、終わったのか?」
 水滴の乗ったまつげを震わせ、片目を薄く開けてこちらを見上げたミスタに、ジョルノは掠れた声で「いいえ」とだけ答えた。それからミスタの肩に置いていた手をすっとずらして、動揺を紛らわすように、脇腹のあたりに残っていた裂傷を予告なく塞いだ。
「い”ッ!? いでぇーーーッ!!」
 濁った悲鳴を上げてのたうつ体を押さえ込みながら、ジョルノはミスタの顔から目を離せなかった。痛がるミスタが勢いよく横を向いた拍子に目頭から涙がこぼれ、高い鼻筋に向かって伝っていって。開きっぱなしの口から、喘ぐような声の混じった浅く不規則な呼吸がひっきりなしにこぼれて。激痛に苦しんでいる以外の何物でもないはずのその姿が、なぜかとてもいかがわしいものに思えてしまったのだ。
 ジョルノは歯噛みした。優しくしてやろうなんて、気まぐれにでも考えるんじゃあなかった。ミスタの表情を窺ったりしないで、いつものように傷の修復に集中してさえいれば、こんなおかしな錯覚にとらわれることもきっとなかったのに。
 ぐっと一度こぶしを握って波立った感情をいなし、そこからはミスタの顔を意地でも見ないようにしながら、ジョルノは傷の修復を続行した。これまで些細な雑音や妨害にすぎなかった声や息遣いが、しがみついてくる体が、いちいち妙な熱をもって、平静を保とうとするジョルノの心身をじりじり炙った。
 全ての傷を塞ぎきったとき、あー痛かったあ、とぐったりしながらつぶやいたミスタに負けないくらい、ジョルノも消耗していた。そのままソファーで眠り始めた呑気な拳銃使いを、直視することができなかった。
 ぼくは欲求不満なのかもしれない。色気も何もないミスタのいびきを聞きながら、ジョルノはそう思い至った。このころのジョルノは朝から晩まで忙しく、ろくに抜くこともできていなかったのだ。年齢のわりに淡白とはいえ、性欲センサーが誤作動を起こしてしまうくらいには溜まっていてもおかしくはなかった。
 前に屋敷で働く若い庭師たちが、溜めすぎて中庭のウツボカズラに突っ込みたくなっちまったと話しているのを小耳に挟んだことがあった。きっと自分の身にも同じことが起きたのだと、ジョルノは思った。自分の場合、ムラムラする対象がウツボカズラではなく、たまたま苦しそうに涙を見せたミスタだったというだけで。
 センサーを正常に戻すべく、ジョルノはさっそくその晩処理を行った。いつもそうであるように、機械的に、手の刺激だけでイケればそれで目的は果たせたのに、いやに想像力が働いた。
 絶頂はあっという間だった。腰の抜けそうな痺れが尾てい骨から首筋まで駆け上がり、ティッシュを引き抜くのも間に合わずに、手のひらの中に震えながら熱を放った。まぶたの裏がちかちかと明滅して、しばらく目も開けられなかった。溜めていたからというだけでは説明がつかない、苦しさを伴うほどの快感だった。
 寝間着の下の体をじっとり汗ばませ、口を開けて息をしながら呆けたように余韻に浸るジョルノの脳裏には、日中見た泣きべそ顔のミスタの姿があった。一心不乱に扱いているときからずっと、一秒たりとも席を外すことなく、ミスタはそこにいた。べったりと汚れた手を拭いながら、ジョルノは思い知らざるを得なかった。壊れてしまったセンサーは、この先ずっと直りそうにないということを。

 ボタンを全開にしたコートの上に仰向けになり、獣の次は腹開きにされた魚のようになっているミスタを、覆いかぶさったジョルノはじっと見下ろす。ゼブラ皮のボトムスのポケットに勝手知ったる自然さで手を突っ込んで、持ち帰られた薬莢を追加で取り出した。
「っん……ん、ぐ」
 低いうめき声に混じって、ギリ、と歯を食いしばる音がする。
 今日のミスタは不自然なくらいにおとなしい。この前、みっともなく痛がっているのを廊下にいた部下に聞かれて笑われたのが、かっこつけの彼にはよっぽど堪えたと思われる。
 それはまだわかるのだが、なぜか蔦の巻き付いた腕で顔まで隠す。どうやら修復にあたるジョルノ相手にもかっこつけていたいらしい。間近であれだけ醜態を晒しておいて、今さら無駄なあがきもいいところだった。腕の下から覗く口元、少し荒れた厚い唇と奥のほうでぎちぎち音を立てる整った歯列を眺め、ジョルノは燻り始めた何かを鎮火するように唾液を飲み下す。
 あの日の夜の読みどおり、ジョルノのセンサーは直る気配がない。それどころか、余計に感度がおかしくなった。こうして体に触れて修復しているときだけに限らず、ごく普通に過ごしているミスタを見るだけで、変にドキドキするようになってしまった。頻度の激増した夜の処理のお供はミスタ一択で、怪我をした彼を直した夜は特に昂ぶって仕方なかった。このままでは猿になってしまうと思い抜かずに眠れば、翌朝高確率で下着の中が惨事になっているという体たらくだ。壊れたセンサーがどこにあるかわかればGEで直すこともできるかもしれないのにと、不毛なことを考えたりもした。
「あと一ヶ所塞いだら終わりです」
 目に見える脇腹の傷に薬莢を押し当てながらジョルノが言うと、ミスタは顔を隠したままひとつ頷いた。襲ってくる痛みに備えるように、眼下にある体が強張ったのがわかった。力みすぎてついには小さく震え出した男の体を眺め、初めて男に抱かれる女の子ってこんな感じなのかな、とジョルノは場違い極まりないことを考えてしまう。そして自分のあまりの節操なさに、さすがに赤面した。いくらミスタにムラムラきているとはいえ、こんな男丸出しの男に処女を重ねるなんていよいよ終わっている。
 気を取り直して、薬莢にGEの力を注ぎ込んだ。じくじくと血の滲み出ている傷口に、金色の輝きの増した薬莢が溶け込むように馴染んでいく。
「ッ! ぐ、ぅうっ…ぁ……!」
 搾り出すような声とともに、ミスタの腰が反った。目元を覆った腕の先、右手がきつくこぶしを握り、左手はジョルノの服の裾に深いしわを刻んでいる。床に擦れた帽子がずれて、癖のある黒髪が覗いた。短く刈り込まれたもみあげや、矢印型の装飾に半分隠れた額が、汗で光っている。上がりかけては噛み殺される声も、力んで血が上って赤らんだ顔も、苦痛からきているものに他ならないはずなのに。いやらしく思えて仕方なかった。節操のなさを恥じたそばから下腹部が熱くなってきて、ジョルノは必死に気を逸らそうとする。
 このままでは夜に抜くまでもたない。あとで庭に出て気分転換をしよう。執務室から見える庭。いつも若い庭師たちが整えている。溜まっていると言っていた。ちょっと下品な笑顔で二人話していた。いやあ俺なんかこの前さあウツボカズラに突っ込みたくなっちまったもんヤバいよなあ──
(……ミスタに突っ込みたいのか? ぼくも)
 もう溜まってこそいないもののセンサーが狂いっぱなしのジョルノの思考は、結果としてより危険な方向を向こうとしてしまう。ジョルノは傷が埋まったのを目と指で確認してから、「ミスタ」と心をかき乱す男の名を呼んだ。目元にあった腕が少し下げられ、鼻と口が隠れた代わりに、限界まで寄せられた眉と熱っぽく潤んだ黒い瞳が見えるようになる。痛みの余韻をやり過ごしているらしいところに声をかけるのはやや気が引けたが、形だけでも平静を装ってミスタと話していたかった。そうでもしていなければ、ジョルノがこのムラムラをやり過ごせそうにない。
「終わりましたよ」
「んー」
 気だるげに返事をしたミスタの、蔦が巻き付いたままの両腕から、目に見えて力が抜けた。こんな状態でも、廊下から部下の呼ぶ声でもすれば慌てて起き上がってしまう男なので、安静が必要なうちはまだ四肢の蔦は解いてやれない。少しだけ緩めてやると、あやつり人形のように持ち上がったままだった両手がぱたりと床に落ちた。
「クソ……いってぇ〜」
「当たり前です。あれだけの傷を応急処置だけで長時間ほっといたんだから。炎症も抑えきれてはないから、完全に傷が塞がって熱が引くまではここにいてもらいますからね。だいたい、きみはぼくが何度言っても──」
「うん、わかった、わかったって……」
 ジョルノとしては長引かせたい小言をうるさそうに遮りながら、ミスタは緩慢な動きで両手を開いたり閉じたりするのを繰り返す。拳銃ダコだらけの指が開いたときに見えた手のひらには、爪の跡がくっきりと残っていた。目に入ったジョルノの服の裾も、ミスタに握られていた側だけが煮しめたようにくしゃくしゃになってしまっている。
「どうしたんです? その手。いつもそんなふうにならないのに」
「あー、これはほら……あれだよ」
 ミスタはなぜか歯切れ悪くなった。
「……えっと、おめーの治療が痛すぎてよー。声出さねーように我慢してたら、その、手にすげー力が入っちまって」
 何か後ろめたいことでもあるのかと思えば、もごもごとそんなことを言う。ジョルノは怪訝な顔になった。ミスタは本来、こういう嫌味は逆に爽やかに聞こえるくらいきっぱりはっきり言い放つタイプだ。こんなに口ごもるのは、らしくない。
 無駄を嫌う性分のジョルノだが、察知した細かい違和感を放っておくのは基本的によしとしない。そして、血の滲んだ爪痕はそれなりに痛そうだった。いい具合にムラムラが収まってきていたことも手伝って、ジョルノはより濃く跡のついたミスタの右手をそっと両手で包みながら、急に瞬きの増えた黒い瞳を覗き込んだ。
「じゃあ、いつもみたいに声を出せばいいじゃあないですか。変に我慢したりしないで」
「い、イヤだ」
「外で聞かれるのが嫌なら、この部屋を完全防音にするくらいわけないですから。銃を持つのにも障るでしょう」
「だからヤだって」
「どうしてそこまで」
「だって」
 するりとジョルノの手の中から抜け出した右手が、脱げかかった帽子の額のあたりをつかんだ。引き下げられた帽子と手の甲の隙間から見えるミスタの顔が、じわじわと赤くなっていく。
「だって……オレが痛がってるの見てるおめーの顔、ヤベーんだもん。いつも」
 ぽつりと低く発せられたつぶやきが、ジョルノの思考を停止させた。
「だから今日は自分で病院行こうと思ってたのに、怪我してんのバレちまったし。せめて声出さねーようにしたら手ぇ痛くなるし。でも声我慢しててもよぉ、おめーはすげーヤバい目でオレのこと見てたぜ」
 静かに紡がれる言葉を聞きながら、ジョルノは背筋が冷えていくのを感じる。秘めていたつもりだった欲情をミスタ本人にとっくに見抜かれていて、さらにそれをミスタ本人に指摘されてしまった。ヤバいヤバいとミスタは言うが、ジョルノにとって一番ヤバいのは間違いなく今のこの状況だ。突然の窮地にしらを切ることもできず、ジョルノは唇を震わせ押し黙る。
「信じられねぇ」とか「頭おかしいんじゃあねーのか」とか、動転しているときほど潤滑に回るその舌で、いっそめちゃくちゃに罵ってほしかった。そうしてくれれば、売り言葉に買い言葉で言い返せるのに。「きみの痛がり方がヘンなのが悪い」とか「人のことおかしくしといて被害者ヅラするな」とか、勢いに任せて多少無理のあるイチャモンだってつけられるのに。
「どーいうことなんだよ、ジョルノ……」
 ミスタはどこまでもしおらしく、手や帽子で隠しきれない首まで赤くしながら、消え入りそうな声で問い詰めてくる。対象が自分だからというのを差し引いても、今まで見てきた彼の行うどんな尋問や拷問より堪えた。血の気の引いていたはずのジョルノの顔も、気付けば汗が滲むくらいに火照ってきている。
「オレ、そんな……ヘンな痛がり方してるかよ?」
 濡れたまなざしが、わずかにずらされた手の下からそっとジョルノを窺った。
「それとも、おめーが悪シュミなだけ?」
 震える吐息が、ミスタの厚い唇の間からこぼれた。ジョルノは自らの唇を噛みしめる。どうにかしてやりたくなる衝動をこらえた拍子に、緩めていた蔦がきしんで、ミスタのよく発達した四肢にきつく食い込んだ。
「ッ、痛ぁ……」
 隠す手が離れたミスタの顔を見て、ジョルノは腹から深く息を吐く。もし今ここに第三者が入ってきてミスタの姿を見たとして、傷の修復中だと正しく認識してくれる者はどれくらいいるだろう。悩ましげに眉を寄せて、わずかに腰を浮かせて。痛みに苦しんでいるだけとは到底思えない有り様だった。彼がこんなふうになったのは自分が向けてきた視線のせいなのかもしれないと思うと、罪悪感より興奮が勝ってしまう。ミスタが言うところの「ヤバい」目を、収めてやることなどできそうになかった。
「……そうだね」
 吸い寄せられるように、ジョルノはゆっくりとミスタに覆いかぶさった。ミスタは抵抗するでもなく、黙ってこちらを見上げている。長雨にさらされたように濡れて艶めく、長いまつげ。ジョルノを狂わせた元凶だ。なんてことしてくれたんだと引っ張ってやりたい一方で、なんだか愛おしくも思えてきてしまっている。それが悔しくてならなかった。
「確かに、悪趣味なのかもしれない」
 涙を舐めとってしまいたいのをこらえながら、ジョルノはつぶやいた。蔦をさらに締めてしまったか、ミスタが片目をすがめて身を強張らせる。痛そうな顔。鼻からわずかに抜けた甘い声。腰がぞくりとするのを感じながら、ジョルノは心の中で「きみも」と付け足す。
 スラックスの中の質量は着実に増加しているが、まだギリギリ引き返せる。「なんてね」と身を起こして、全部ミスタの気のせいだったことにして、この場を切り抜けるなら今しかない。
 頭ではわかっているのに、ジョルノは動けなかった。視線は逸らされてしまったが、ミスタも動かなかった。崖っぷちで立ち往生するジョルノに呼応するように、ミスタを縛った蔦の端、葉のひとつがぽこんとウツボカズラに姿を変えた。