あゝジャポネーゼ

 物腰柔らかく穏やかで、真面目で勤勉。奥ゆかしくて繊細。そしてびっくりするくらいシャイ。
 ジャポネーゼの生態は、本で読んだりテレビで観たりして、前からなんとなくは知っていた。
 時間に厳しくて、電車やバスが五分でも遅れたら文句を言うが、終業時間を超えて仕事をするのは何時間でも平気。繊細ゆえちょっとした冗談にもピリピリするし、遠回しに腹の探り合いをして神経をすり減らしがち。そんでもって、真正面から褒められたら「そんなことはない」って否定するのが美徳なんだとか。気難しいドイツの奴らとはまた違う難儀さだ。
 中でもオレが驚いたのは、誰かと恋人関係になるときに、ジャポネーゼはわざわざ「僕と付き合ってくれませんか」と許可を求める場合がほとんどだっていうことだ。
 付き合ってくれるかどうかなんて、それまでの自分の行いと相手の反応でだいたい見当つくもんなんじゃあないのか。イケると思ったらキスなりセックスなり好きにことを運べばいいし、ダメそうなら落とせるよういっそう気合い入れてモーションかければいい。それだけだ。ジャポネーゼは相手の心情を察して動くことに長けてるって話だったけど、恋愛となると違うらしい。結婚とかを視野に入れない、遊びみたいなお付き合いでも、白黒はっきりつけたがるんだと。
 ほんとかなぁ? と、それに関してはさすがにオレも疑わしく思っていたけど、結果から言うとほんとだった。「ぼくと付き合ってくれませんか」と、まさに一字一句そのまんまの言葉でもって、ジャポネーゼの血の入った年下の男に恋人になる許可を求められたんだから間違いない。
 あんまりおもしろかったから、ろくに考えずに「いいぜ」と答えた。それから毎日、そんなことまで確認とるのかよ、と新鮮な驚きを味わっているうちに、オレはほんとにジョルノのことを好きになっていた。まあ自分でもそうなる気はしてたけど。単純なのがオレのいいところだから。好かれればすぐに好いてくれたヤツのことを好きになる。
「今夜、きみを抱いてもいいですか?」
 今日、二人きりの執務室で真剣な目でオレを見て、ジョルノは何度か言い淀んでからそう言った。
 えっオレ抱かれる側? とさすがに思ったけど、口はいつものクセで反射的に「いいぜ」と応えちまっていた。ジョルノがくすぐったそうに微笑んで「よかった」と言ったせいで、撤回するタイミングも逃した。
「じゃあ、今日は夕飯を食べたら一緒にぼくのアパートに来てくれますか?」
 はにかんだ顔でそう続けたジョルノは、やっぱり疑問形で締めくくってきて、なんかもはやすげえなと思ってしまった。どこまでこのスタンスを貫いてくるのか、気になってしまった。だからオレはあえて流れをぶった切らず、自ら撤回のチャンスを捨てて、いつものようにジョルノの行動を許可してやることを選んだんだ。
「おー、いいぜ」

 外で一緒に夕食を済ませてから連れてこられたジョルノのアパートは、趣味のもので溢れかえってるオレの部屋と比べるまでもなく、殺風景でものが少なかった。散らかってはいないけど、ベッドの上の掛け布団が何かの抜け殻みたいに盛り上がったままになってるあたりに、几帳面なようで案外ズボラなジョルノの性格が出ているようだった。
 体重をかけられた体が、自分のものと違って肌に馴染まないシーツに沈む。ベッドのスプリングがギッと軋んで、裸の胸がぴったりくっつく。息苦しくなるほどじゃあないけど、けっこう重たい。触ったらいかにもひんやりしそうな乳白色の肌も子どもみたいに温かくて、意外性の連続にちょっとだけテンションが上がったりして。
 金髪の先が肌をかすめる。くすぐったさに思わず笑って身をよじったら、ぱっと顔を上げたジョルノが目を見張ってこっちを見下ろしてきた。
 逆光なのにどこから光を取り込んでるのか、宝石みたいにきらきらしてる緑の瞳に、まばたきするだけで軽く風が起きそうな長い金のまつげ。十代の丸みを残す頬は、素焼きの白い陶器みたいにすべすべだ。今までにここまで間近で見たことがあったのは女の子の肌だけだったけど、それと比べたってちょっとしたもんだと思う。オレは口角を吊り上げた。
「カワイイよなぁ。おまえって」
 ジョルノがペースを乱す言葉を選んだのはわざとだ。左右が綺麗に釣り合った眉と眉の間に、ぴっと縦に一本筋が入るのも想定内だった。
「……変なこと言わないでもらえます?」
 ジトッとした眼差しを向けられる。変なこと言える余裕をオレから奪えてないおまえが悪いんじゃあねーのかって、そう言ってやってもよかったんだが、今あんまり痛いとこを突っつきすぎるのはよくないだろう。
「思ったこと言っただけなんだけどなァ」
 そうつぶやいて、不自由な体勢で小さく肩をすくめるだけに留めた。
 しっとりとした手のひらが、すっと輪郭に添えられる。指先が探るように耳たぶの後ろのあたりにじゃれてくる感覚が、なんともいえず気持ちいい。わざとらしくあくびをして、目を閉じる。
「あー、なんか眠くなってきた」
「ちゃんと集中して、ミスタ」
「へいへい」
 ジョルノがいよいよムッとした気配が感じられたから、そろそろ黙ってやることにする。唇をなぞるように親指で割り開かれた口に、温かく潤ったジョルノの舌がねじ込まれる。口の中で交じる二人分の唾液を必死に飲み下し、追いつかなくなって咳き込みそうになったところで、ジョルノはゆっくりとオレを解放した。濡れた吐息が口元にかかる。
「目を閉じないで。こっちを見てくれませんか?」
 まぶたを持ち上げてジョルノと視線を合わせたけど、返事はしてやらなかった。
 こっちを見てくれませんか、だってよ。
 ここにきてまだそんなお伺いを立てるみたいな言い方してくるなんて、こりゃあいよいよ筋金入りだ。いやほんと、期待を裏切らない。笑っちまうくらいシャイだよなぁ。これからオレに抱かれる女の子ならそれでもいいけど、オレを抱きたいってのにそんなことで大丈夫か?
 あー、からかいたい。めちゃくちゃからかいたい。そんでオレからどんどん動いてやって、ただでさえウブなジャポネーゼのこいつをもっと翻弄できたらなぁ。
「……ッ」
 腰骨のあたりを撫でられて、くすぐったさに息を詰めた。体が強張るのに合わせて、頭上でぎちっと嫌な音がする。脇腹から肋骨を伝って少しずつ上がってくるジョルノの手を、止めることは叶わない。正直オレはビビっていた。下手なことを言えばどんな目に遭わされるかわかったもんじゃあねえから。
 でも、やめてくれなんてみっともなく懇願してやるのは嫌だった。シーツに押し付けられた背中に冷や汗が滲んだのをごまかすように、オレは笑みを張り付けた唇を開いた。
「悪趣味」
 白桃みたいな色をした耳のそばでささやくと、ジョルノは目を見張った。それがほんとに、心の底から心外とでも言いたげな顔だったのが可笑しくて、怖かった。
「そんなことないです」
 小さく、やっぱり恥ずかしそうに落とされるつぶやきに合わせて、またぎちぎちと音がした。そんなことあるよ、つーか褒めてんじゃあねーからなと表情変えずに即言い返してやったが、手首がきつく締め付けられてそろそろ血が止まりそうだった。
「痛ぇっつの、バカ」
 訴えてみたが、状況は何も変わらなかった。相変わらずオレの手首はバンザイをするみたいに頭上にあって、押し倒された瞬間から少しも変わらず、どこからか生み出された丈夫な蔦に拘束されたままだった。
「ごめんなさい」
 しおらしく謝ってくるくせにどこか嬉しそうな目元。言葉に反していっそう強く締め付けてくる蔦。首筋にキスされて、オレはきつく目をつぶった。
 物腰柔らかく穏やかで、真面目で勤勉。奥ゆかしくて繊細。そしてびっくりするくらいシャイ。それから──どうしようもないくらい、ヘンタイなんだっけ、ジャポネーゼって。
 今さら、そんなことを思い出した。思い出したところで、もうどーにもならなかった。