オレはオレの寝室で、ひとりで目を覚ました。何百回と繰り返してきた朝だ。
だるい体を引きずるように寝返りを打ち、足元にわだかまったブランケットを足指で挟んで引っ張り上げる。肌触りが気に入って買ったものだが、最近ちょっとごわついてきたような気がする。そろそろ洗ったほうがいいのかもしれない。
外からは小鳥のさえずる声が小さく聞こえてきているし、安いカーテンと閉じたまぶたを透かしてやわらかな日光を感じる。絶好の洗濯日和であることは明らかだが、どうにも起き上がる気分になれなかった。朝に強くても、たまにそういうことはある。
このまま目を閉じていればまた心地よい眠りの世界に戻れそうだが、気合いを入れてまぶたを持ち上げた。今日は寝るのを楽しむぞって前もって決めていたならともかく、多少だるいからってずるずる昼までベッドにいるのは性に合わない。そうやってすがりついてたぐり寄せた睡眠時間より、無理してでも起きて得た活動時間のほうが、結果としてよっぽど有意義だと思う。オレの経験則だ。
シーツに肘をついて起き上がりながら、ヘッドボードに置いた時計を確認する。朝の9時半を少し過ぎた頃だ。いつもの起床時間に比べたら遅いが、寝坊したっていうほどではなかったからよかった。
時計の横に転がしてあるリボルバーから、ピストルズの気配は感じられない。ゆうべ食べたサラミの残りをダイニングに放置してた気がするから、勝手に食べに行ったんだろう。あとで果物くらい適当に用意してやれば、ヤツらの最低限の機嫌は保てるはずだ。
閉じたドアの下から明かりがうっすら洩れてきていて、昨日廊下の電気を消し忘れたまま寝たらしいことにそれで気付いた。人工の黄色い光は、起き抜けの目にはちょっとばかり刺激が強い。ベッドに座ったまま目を慣らすように何度もまばたきをしていたら、ドアが向こう側からゆっくりと開いた。膨らんだ光が一気に寝室に入り込んできて、思わず顔をしかめる。
「あ、起きてたんだ。おはようございます、ミスタ」
光と一緒に入ってきたのは、見慣れた年下の男だ。
ジョルノ・ジョバァーナ。いつもきっちりセットされてる髪は下ろされたままで、服装も部屋着の上をシャツに着替えただけだ。大きく開いた襟ぐりから、星型のあざがのぞいている。
ゆうべオレはシングルベッドの半分をジョルノに譲り、並んで眠りについた。もっとも、こいつがおとなしく隣に落ち着いてくれたのは本当に寝るときだけだったが。ベッドに入ってから寝るまでのほとんどの時間、こいつはオレに覆いかぶさっていた。それまで連れ込んだ子をここに組み敷いたことこそ何度かありはしたが、まさかオレが組み敷かれる側になる日が来るなんて思いもしなかった。
「しんどいですか? 体」
明るさに慣れてきた視界の中、心配そうな顔をしたジョルノが近付いてくる。広く空いたベッドの端にジョルノが腰掛けたとたん、まるでパズルのピースが正しくはまったかのように、もともとここがこいつの居場所であったかのように、この部屋には異質なはずの姿がすっと馴染む。
「痛い?」
そっと触れてきた手に、気付かないふりをしていた腰の痛みを呼び戻される。「ヘーキ」と短く答えた声が見事に掠れていて、思わず喉に手をやった。
このベッドの上で、オレはジョルノに抱かれた。
壊れ物でも扱うような手つきで触れられ、どろどろに甘やかされて。
よく覚えていないところもあるが、死ぬほど恥ずかしい思いを一生分くらいさせられたことは確かだ。年上のプライドなんて木っ端微塵に砕け散り、あとには愛おしさと同じくらい情けなさと悔しさが残った。
せめて明日の朝はジョルノより早起きして、甘くて温かいカプチーノでも用意しておいてやろう。それで寝てるジョルノをキスで起こして、「寝ぼすけだなぁ」なんてからかってやれたら、なんとか最低限のプライドは取り戻せるだろう──
力の入らない体をジョルノに抱き締められながら、オレはかろうじてそんなことを考えていた。
まあ、叶わなかったわけだけど。
オレはオレの寝室で、ひとりで目を覚ました。
起きた直後寝返りを打った先にあった、わずかにぬくもりの残ったシーツ。二人分の足に蹴られてそのままになっていたブランケット。シャワーを出てから消す余裕すらなかった廊下の照明。全身見えない膜で覆われたみたいなだるさ。カスカスになった喉の奥。
これまで何百回と繰り返してきたのと同じようで、確かな変化のあった朝だ。どの変化も不思議なくらい違和感なく、オレのいつもの朝に溶け込んでいた。ちょうど今、そこにいるのが当然みたいな顔でオレに寄り添ってるジョルノみたいに。
「……おめー、何時から起きてんの?」
拭いきれない気恥ずかしさをごまかそうとしたら、喉の不調も相まって低く拗ねた声が出た。ガキくさかったかなと焦るオレの内心にはまるで気付かない様子で、ジョルノは「二十分前くらいですよ」とさらりと答える。
「コーヒー、勝手に淹れたんだけど。飲みますか?」
「うん、飲む」
オレの頬にちゅっと短くキスをして、ジョルノが立ち上がる。オレができなかったことを平然とやってのけやがる。憎たらしいくらい涼しい顔だ。そんなもんか、抱く側は。
「じゃあ持ってくるから」
早口にそう言い残して、ジョルノは背を向ける。ふわっと揺れた金髪の輪郭が、明るい廊下にやわらかくにじむ。
「そこで待ってて」
念押しのようにそう言ったジョルノに、オレは従わなかった。文字通り重たい腰を上げて、大股に進むかわいい年下の男のあとを追う。
髪の隙間からのぞく赤い耳を眺めて、いい朝だな、と思った。