パッショーネの執務室に侵入者があった。
若きドン、ジョルノ・ジョバァーナが単独でデスクワークに勤しんでいるときを狙って、屋敷内の誰にも目撃されることなく、彼らはたやすく執務室に入り込んだ。
複数人による突然の襲撃にジョルノは仕事の中断を余儀なくされ、助けを求めることもかなわず、両手を上げて侵入者と対峙している。個性のある六対の目が、一挙一動見逃すまいとでも言わんばかりに、真っ直ぐにジョルノに向けられていた。
「ジョルノ! トリック・オア・トリート!」
「オ菓子ヲクレナキャイタズラスルゾーッ!!」
「オトナシク手ヲ上ゲロッ! デナキャア『バーン!!』ダゼェ〜!!」
重厚なデスクのど真ん中、デスクトップパソコンのキーボードの上を占領している六人の小人たちを、ジョルノは手を上げたまま神妙な面持ちで眺める。
本体であるミスタの姿は見当たらない。重大な任務を終えた彼が目の下に濃いクマをこしらえ、三日ぶりに帰ってきたのが今朝のことだ。任務の間一睡もしなかったという彼を仮眠室に押し込んだのはジョルノである。それからまだ姿を見ていないので、おそらく今も、仮眠室の硬いベッドでぐっすり眠っているのだろう。
ジョルノが今いる執務室は、仮眠室と隣接している。そのくらいの距離であれば、ミスタのスタンド──セックス・ピストルズは特に支障なく本体なしで移動ができてしまう。
「キャンディー食ベタイナァ。チョコレートトカビスケットモ食ベタイヨォ、ジョルノ〜」
「オレ達ハラペコナンダ、ミスタガズット寝テルカラ」
「今日ハハロウィンダロ? オ菓子クレヨォ、ジョルノ〜」
騒ぎ立てるピストルズの傍らには、カボチャのランタンのミニチュアがちょこんと飾られている。十月になって間もないときに、ミスタがどこからか持ってきて勝手に置いたものだ。気が早いなと思いながらつくりもののカボチャを眺めていたのだが、気付けば十月も最終日、今日がハロウィン当日である。
季節のイベントにまるで興味のないジョルノは、毎日カボチャを目にしていたにもかかわらず、例に漏れずハロウィンのことも忘れていた。つまりピストルズには悪いが、ジョルノには今日のための用意が何もないのである。
「ええと、ピストルズ……」
満を持して言葉を発したジョルノに、騒いでいたピストルズがぴたりと黙る。つぶらな瞳から注がれる大きな期待のこもった眼差しに、ぐっと喉が詰まる。すさまじい後ろめたさだ。コーイチ・ヒロセのトランクの中身を売っ払ったときのことなどまるで比較にならない。
「その、言いづらいんだけど。ぼく、何も持ってないんだ」
ジョルノが視線を泳がせながらつっかえつっかえそう告げると、ピストルズは揃って「エーッ!?」と悲痛な声を上げた。
「ウソダロジョルノ!!」
「ハロウィンナノニッ!?」
「今日がハロウィンってこと忘れててさ……」
「オ菓子、ホントニナイノカッ!?」
「オヤツノ時間ニ食ベテルヤツトカナイノカヨッ!?」
「それもちょうど切らしてる。そろそろ買いに行かなきゃって思ってたところだったんだけど……」
「何ィ〜〜〜〜〜ッ!?」
「ソンナァ〜〜〜〜ッ!!」
「ああ……ご、ごめん。ごめんよ」
キーボードに大粒の涙をこぼすNo.5をさりげなく手のひらの上によけながら、ジョルノは落胆するピストルズに詫びた。ハロウィンを忘れていたことに対する罪悪感こそないが、今のこの状況は、ミスタのタフさに甘え、無茶振りめいた任務を命じたことで生じた因果応報といえる気がした。
涙目で銃を向けるジェスチャーをしてくるNo.3を牽制し、ジョルノはパソコンのそばの子機を手に取った。住み込みで働くメイドに内線をつなぐ。ボス直々の電話に動揺しているメイドに、市販のちょっとした菓子と簡単な軽食を至急執務室まで持ってくるよう伝えた。通話中、突き刺さってくる視線で即頭部に穴があきそうな心地がした。
「ピストルズ、メイドがここに食べ物を持ってきてくれるから。少しだけ待っていてくれるかい?」
子機を置きつつジョルノが振り向くと、ピストルズは手を取り合って歓声を上げた。ついさっきまで悲しんだり怒ったり泣いたりしていたのに、感情の起伏がまるでジェットコースターのようだ。
彼らって本当にきみに似てる、とここにいない三徹の恋人に思いを馳せつつ仕事に戻ろうとしたジョルノだったが、ピストルズは未だジョルノの視界を遮るように漂っている。おろおろした様子のNo.5を除いて、みな一様に悪巧みめいた笑みを浮かべている。
「ピストルズ……? パソコン使うから、そこを」
「オ菓子ヲ持ッテキテクレルノハヨォ〜ッ、『メイドサン』ダヨナァ?」
「『ジョルノ』ハオ菓子、持ッテナカッタヨナ」
「ギャハハッ、ジョルノォ、手ヲ上ゲロッ!」
「なっ……!?」
ジョルノを取り囲んだピストルズが、じり、と距離を詰めてくる。キーボードに置きかけていた両手を、ジョルノは再び顔の高さまで持ち上げた。
「待っ、何を……」
「ゴ、ゴメンヨジョルノォ……」
「行クゾッ、オマエラッ!!」
「イタズラシチャウゼェ〜〜〜ッ!!」
「うおおおおおお!?」
No.1の号令を合図に、六人の小人たちが一斉にジョルノに飛びかかってきた。あちこちくすぐられて、引っ張られて、ほどかれて。あっという間にもみくちゃにされたジョルノは、のちに語ることになる。あのときばかりは彼らが悪魔に見えたと。
ブーツの靴底が廊下を叩く硬い足音が、ドア越しに聞こえてくる。ほどなくして執務室に響いたノックの音に、ジョルノは少し声を張って「どうぞ」と応えた。
「失礼しまーす」
ドアを開けて入ってきたのは、仮眠から目覚めたらしいミスタだった。よく眠れたようで、目の下のクマは消え、青白かった顔色もいつもどおりの健康的な小麦色に戻っている。彼は前髪と後ろ髪が完全にほどけたジョルノの姿を見るやいなや、「あ〜」と苦い顔になって頭を掻いた。デスクについたジョルノのもとに大股で近付いてくる。
「ピストルズからだいたい聞いたぜ。あいつらオレが寝てる間におめーの邪魔したみたいで……仕事中だっつーのにイタズラまでしたらしいじゃあねーか。ごめんよぉジョルノ」
「いやあ、あのときばかりは彼らが悪魔に見えました」
「う……ごめんって……」
「冗談です。休めたようでよかった、ミスタ」
後ろ髪の三つ編みをほどかれた拍子に飛んでいってしまったヘアゴムを探すのはあきらめた。あちこち跳ね回る癖のついた髪を肩の後ろに流しながら、ジョルノはデスクを挟んで立ったミスタに微笑んでみせる。ばつが悪そうに鼻から深い息をついたミスタは叱られた少年のようで、たくましい首や肩がきゅっと縮められているのがらしくない。そういうミスタをついいじめたくなってしまうのは、ジョルノの悪い癖だった。いかん、と自分を叱咤して、ジョルノは小さく咳払いする。
「彼らは?」
「叱ったら全員フテ寝しやがった。しばらく起きてこねーだろうな」
「そうですか」
光景が目に浮かぶようで、ジョルノは低く笑い声を漏らす。ミスタもそれでようやく笑って、デスクの端に後ろ手をついて浅く腰掛けた。馴染みのある体勢だ。数日離れていただけなのに、降ってくる眼差しがやけに懐かしく思える。
「ハロウィン、オレもあいつらに言われるまで忘れてた。なんも用意してねーわ」
デスクの上のカボチャのミニチュアを拾い上げて、ミスタが言う。これをこの場所に置いた張本人でさえそうだったのだ、このカボチャにしてみれば、ハロウィンハロウィンとはしゃいでいたピストルズの存在はある種救いだったかもしれないなと、ジョルノはちらりと夢想する。
ぽんと投げ上げたカボチャを片手で受け止めたミスタは、ちょっと首を傾けてジョルノを見下ろしている。意図したのか偶然か、その手にあるカボチャも、ミスタと並んでジョルノを見ているかのように少し傾いている。
「オレでハロウィンデビューしとくか? ジョルノ」
「デビュー?」
いつものつかみどころのない声音でそう言ったミスタに、ジョルノはやはり少し首を傾けて応えた。
「おめー、やったことないって言ってたじゃん、トリック・オア・トリートって。せっかくだし今日やっといたら?」
「いや、もう勘弁してよ」
ジョルノは苦笑して手を振った。落ちてきた前髪をその手でついでに払う。
「持ってないんですよ、お菓子。だからピストルズにイタズラされちゃったんじゃあないか」
「違うって」
ミスタはカボチャを元の場所に戻すと、軽快な動作でデスクから降りた。ジョルノと目を合わせたまま長い脚を畳んでしゃがみ、今度はデスクの端に組んだ両腕を乗せる。その上にあごを乗せてこちらを見てくる眼差しの温度に、ジョルノの心臓が小さく跳ねる。
「トリック・オア・トリートって、おめーが言うんだよ」
「ぼくが?」
「そう、オレにな」
自分を親指で示し、ニッと歯を見せて笑うミスタ。鼓動が速まるのを感じながら、ジョルノは「でも」とかすれ声でつぶやく。聞き間違いではなかったはずだ、さっきのミスタの発言は。
「きみも、何も用意してないって言ってなかった?」
ミスタはぱちぱちと瞬くと、腕の上に突っ伏して、深い深いため息をついた。くぐもった声が聞こえる。言ったよ確かに、何も用意してねーよ、おめーに渡せるお菓子なんて。
「ジョルノ〜〜〜……てめえ」
ゆっくりと顔を上げたミスタが、恨めしげにジョルノを見る。腕に押し付けられたからというだけでは説明のつかない、赤い顔。
「これ以上ヤボなこと言ったら怒るぜ」
ミスタが言い終わらないうちに、ジョルノはデスクに両手をつき、身を乗り出していた。勢いのままミスタの唇を塞ぎかけて、我に返って。ひと呼吸おいてから、鮮やかにデビューを決めるべく、その口を開いた。