夜更けの学生寮。
先程までお菓子の山を囲んでのガールズトークが花咲いていた共同スペースでは、今は一部の男子による駄弁りという名の猥談会が密やかに開催されていた。
テーブルを囲むのは、担任の相澤をもって性欲の権化と称された男・峰田に、桃色な話には年相応に興味津々な上鳴、そして個室の階を同じくした「五階組」の瀬呂、砂藤、轟の計五人。といっても主に盛り上がっているのは峰田と上鳴で、そこに瀬呂がたびたび乗っかっては楽しそうに茶々を入れ、砂藤は少し赤くなりながらへーとかほーとかふーんとかと当たり障りない相槌を打っている。轟に至っては話そっちのけで、テーブルの上の砂藤お手製マドレーヌをつまんでいる。
もともと五階組だけで行われていた和やかな茶会に、たまたま通りがかった峰田と上鳴が加わって今に至る。腰、太もも、尻、おっぱいと女体を形成する曲線の名前がぽんぽん飛び交う不健全なしゃべり場なのに、お茶請けだけは場違いに可愛らしいのはそのせいだ。この面子と人数を予測できていたのなら、砂藤も余るかもとわざわざマドレーヌをセロハンの小袋で個包装したりはしなかっただろう。
「やー、オイラ蛙吹の意外おっぱいの感触がほんと忘れられねーんだよなー!」
「USJんときだっつってたっけ? おまえも好きだなぁ」
「乳っていうなら麗日もなかなかじゃね?」
「麗日は尻だ」
「断言かよ。でもわかる」
「砂藤、これみかんの皮が入ってるのか」
「オレンジピールな。ま、みかんの皮か」
「……あれ? 待てよ、マドレーヌもうないの? 轟、おまえ一人で食い過ぎじゃね? 瀬呂くんまだ一個しか食ってないんだけど」
「はい残念! 下ネタにばっか首突っ込んでっからー。ちなみに俺は三個食ったぜ」
「は!? いつの間に! 砂藤、もっと出してくれよ!」
「出せねーよ! 俺は八百万じゃねーんだから」
「ヤオヨロッパイ……?」
「やっぱ八百万は鉄板だよなぁ」
時折脱線を挟みつつ猥談は続く。鉄板というだけあって、八百万についてのディスカッションは本人が聞けば卒倒しそうなほど白熱した。瀬呂が自前のテープで泣く泣くテーブル上のマドレーヌのかすを掃除し、そんな彼を見かねた砂藤が「次回は何作ろうか?」とマンツーマンでアンケートを取り、腹の満たされた轟がうとうとと船をこぎ始めてもなおそれは続いていたが、やがて一番熱く語っていた峰田自ら咳払いをしてまとめに入った。
「結局ヤオモモはさ、あのカラダで頭よくて真面目ってのがエロいんだよな」
「真面目なのが?」
峰田の生々しい発言の数々にさすがに引き気味だった上鳴が、気を取り直すようにソファーの背もたれから背を離して反応した。
「そこ、そんなに大事なポイント?」
「大事だって! わかってねェなァ上鳴! 想像してみろよ。もしヤオモモがカラダは今のままで、チャラくてガサツでバカだったら……」
「エロいじゃん」
「んん、まあ、確かにそれはそれでエロいんだけど! でもなんかさー、凡庸の域を出ねェんだよ」
わかる、と横から同意したのは瀬呂だった。
「確かにギャップ大事」
「そうそれ! ギャップ!」
「おまえもわかるだろ砂藤。ギャップで俺に勝ったんだもん」
「そだな。それはよくわかるわー」
「くう! 振っといてなんだけどムッカつくわーその笑顔」
「ギャップかぁ。俺よくわかんねー。おまえらとツボが違うのかも」
いまいち乗り切れない様子の上鳴は、首を回してソファーの端に視線を移した。
「轟どうよ? おまえもギャップって大事だと思う?」
「……お」
急に話を振られ、眠りの縁から一気に引き戻された轟は、あくびを噛み殺して「ギャップ?」と辛うじて聞き取れた単語を復唱した。
「『真面目なやつほどエロい』って、あると思うか?」
「おっ、イケメン轟のエロ価値観聞ける感じ? 興味ある」
「まじめなやつほどえろい……?」
期待の眼差しを一身に受けながら再び聞いたままの言葉を呟いた轟は、ややあってポーカーフェイスのまま「わからねえ」と一言言った。他の四人にしてみれば想定内の答えではあったが、それでも轟に考える間があったこと、「わからねえ」であって「興味ねえ」ではなかったことは収穫だった。口数も表情も少なくクールだが、轟は案外ノリがいい。いつぞやの部屋公開大会で、眠そうにしながらも自分の部屋を公開し、最後の結果発表まできちんと参加していたことにもそれは表れていた。クラスメイトの中で密かに轟の好感度の上がった一件だ。イケメン野郎は人生イージーモードで憎い、とは嫉妬を隠そうともしない峰田の言である。もちろん、彼には轟の歩んできた超ハードモードな人生など知るよしもない。
「……明日には答えられるように頑張る」
「ぶは、明日て! 熟考だなおい!」
「しかも頑張るっておまえ……何を? ふ、ふふっ……やべえツボった……ふふふ……」
「大丈夫かよ砂藤」
「むしろおまえが真面目かよ轟よぉ。ケッ、おまえにはぜーんぜんギャップ萌えなんかしねェけどな!」
「ぎゃっぷ……もえ……?」
「と、轟、もうやめて……紅茶飲めねーから……ふふっ、ぶはははは!」
その後砂藤から伝染した笑いに轟以外の全員が表情筋を痛め、轟が「なんかわりぃ」と真顔で謝り、上鳴が笑いながら「あーもー、つっかれたわ」と大きく息をついたのをきっかけに、猥談会は収束に向かい始めた。時刻は夜十時になろうとしている。今日は金曜だが、休日は日曜のみで、土曜もフルタイムで学業に勤しむのが雄英ヒーロー科生だ。だからたとえ金曜でも、日付の変わる前に就寝する者がほとんどである。
最終的に「女子はだいたいエロい」という、今までの討論を無に帰す結論をもって会は締め括られた。ぞろぞろと連れ立ってカップを洗い、「明日の一限なんだっけ」「宿題今からだわ」などと先程とは打って変わった現実的な発言をしながら、五人は揃って階段を上る。二階で峰田、三階で上鳴と別れ、残った三人は四階を素通りし五階の廊下に出た。各自自室の前に立つ。
「……楽しかったけど、次はこの階の誰かの部屋でこっそり食おうぜ、砂藤の菓子は」
「根に持ってんなぁ瀬呂」
「あれうまかった。ありがとな砂藤。おやすみ」
轟がドアを開けたのを合図に、瀬呂と砂藤も口々に「おやすみ」と言い、自室に戻った。
廊下はしんと静まったが、しばらくして真ん中のドアが音もなく細く開いた。隙間から首を出して左右を確認した轟が、すっと廊下に出て、ひとり階段を駆け下りていった。