「欲しいものなあ。思い浮かばなかったわ」
2019年12月2日、夜。
手にした銀のフォークを揺らしながら、ミスタはそう言った。
ジョルノはコーヒーカップを傾けつつ、ソファーの隣に座ったミスタを見る。長いまつげを揺らしてこちらに視線を返してくる彼は、明日で37になる。光の宿らない真っ黒な瞳は昔と変わらないが、目元に若い頃にはなかった陰りが目立つようになっていた。もっとも、「渋さが増してきた」と、本人は極めてポジティブに受け止めているし、ジョルノとしても同感であるので全く問題はないが。
コーヒーを一口飲んでカップを置き、ジョルノは少し考えてから口を開く。
「……腕時計」
「それ毎年言うよな。19んときにおめーからもらったやつ、まだ使えるよ」
「財布は? ボロボロになってきたって言ってた」
「あれはほら、言ったじゃあねーか。落としちまったから、この前買い替えたばっかだって」
「そうだった。それなら服……は、自分で買うことにしてるんだったね」
「うん。あーゆーのに思い入れがあっちまうと気軽に買い換えられねーからな。オシャレの妨げになる」
「じゃあ……家!」
「家はココだろ〜? 25んときにもらった。なんとパッショーネのボス様とセットで!」
最後のは、近年ミスタの誕生日近くになると交わされるお約束のようなやりとりだ。今年も待ってましたとばかりに笑ってテンポよく答えたミスタに、ジョルノもにやりとしてみせた。
「──じゃあ今年もまた、『何でもいい』ってやつですか?」
何かの選択を相手に委ねるときにおける「何でもいい」はともすればトラブルの元にもなりうる一言だが、裏表のないミスタが言った場合はその限りではない。彼は言葉のとおり、ジョルノがこれまで贈ってきたものは何でも喜んでくれた。今不要だと言った腕時計や財布も、いざジョルノに贈られれば「その日の気分で変えるのもいいよな」と使ってくれるだろうし、服だってぼろぼろになるまで着倒して、いよいよ着られなくなればクローゼットの片隅に大切に残しておいてくれるだろう。ミスタは非常に、プレゼントのしがいがある男なのだ。
だから今年も希望がないなら好きに選ばせてもらおうとジョルノは思ったのだが、ミスタは意外にも首を横に振った。
「いーよ、今年は」
「いーよって……何もいらないんですか?」
「ああ。欲しいもんも特にねーし。おめー明日会合だろ? プレゼントはいいから、終わったらさっさと帰ってこいよ」
「でも」
「いーんだって。今年はこの、だーい好きなイチゴケーキで十分」
上機嫌にそう言うミスタの表情や声音から、遠慮の類は一切窺えない。弄んでいたフォークで真っ先にケーキのてっぺんに乗ったイチゴを突き刺し、大きく開けた口の中に放り込む。美味そうに頬張りながらスポンジの鋭角の部分にフォークを入れる仕草は、十数年前から少しも変わっていない。
「ミスタァ〜!」
「オレ達ニモ分ケテクレヨォ!」
「わかってるから騒ぐんじゃあねー。おめーらのはこっちの皿のやつ。切り分けてあるから好きに食べろ」
「ウエエ〜ン! ミスタァ〜!」
「No.3、一人ひとかけだ。わかってんな?」
「……チェッ」
周りで騒ぐピストルズへの対応も慣れたものだ。昔からうまくまとめ上げてはいたが、振り回されててんてこ舞いになることがほとんどなくなった。いつまで経っても幼いままのピストルズを置き去りにミスタだけがどんどん歳を重ねていくものだから、今や彼には父親とも言えそうな貫禄があった。連携を要する戦闘時こそシビアに接しているが、普段は余裕をもってピストルズを眺めていることが増えた。青かった頃のジョルノなら妬いてしまいそうなくらい、優しい眼差しで。
「ジョルノ、おまえも早く食えよ。やっぱうめーわ、ここのイチゴケーキ」
早くも1ピース平らげ、ミスタはジョルノがホールで買って切り分けたケーキの二つ目を皿に取っている。やはりイチゴから食し、一つ目を食べたときと大差ない美味そうなリアクションをとるミスタの姿に、ジョルノの口元は自然と緩んだ。感情の起伏がジェットコースター並みだった若い頃に比べればずいぶん落ち着いたとはいえ、あくまでそれは当社比だ。壮年期も終盤、半分中年に差し掛かった管理職の男にしては、やはりミスタは感情表現が豊かでわかりやすかった。そばでどれだけ眺めていても、飽きる気がしない。むしろ、彼の笑顔を見れば見るほど、もっと笑ってみせてほしくなる。これではまるでジャンキーだ。ジョルノは苦笑した。麻薬チームはとうの昔に全滅させたというのに。
「……やっぱり、何かプレゼントさせてほしい、ミスタ」
「おめー、粘るなぁ! わかったわかった。んじゃあ今年も、『何でもいい』ってことで」
食い下がったジョルノに、結局ミスタは呆れたように笑いつつそう言ってくれた。
さて、何を贈ろうか。プレゼント候補をあれこれ思い浮かべつつ、ジョルノはイチゴを口に運んだ。口内で転がし、噛みしめる。ほどよく熟れた甘酸っぱさが、口の中に広がった。
12月3日、夜。
広いリビングのソファーに頬杖をついて寝そべり、ミスタはタブレットをいじっている。
誕生日ということで、今日は一日休みだ。新生──というにはけっこうな年月が経ったが──パッショーネの福利厚生はジャッポーネの血が入ったボスが取り決めているにしては充実していて、わざわざ申請せずとも、誕生日を迎えた者には勝手に休日が与えられるようになっている。
一緒に住んで久しいそのボスは、昼過ぎに一糸乱さぬスーツ姿で出かけていった。パッショーネの今後のため、どうしても外せない会合があるのだと前々から言っていた。
身支度を整えているジョルノにミスタは「おめーが家にいないんじゃあ休みもあんまり意味ねえなあ」とかわい子ぶって言ってみたのだが、「だからってついてきちゃダメですよ。今日は短気なきみがいるといろいろ面倒だから」と極めてドライに流されてしまった。
ついてきちゃダメですよなんて、あいついったいオレを何歳児だと思ってやがるんだか。今日で37になったんだけど、一応。
ネットニュースが表示されたタブレットの画面をスワイプしながら、ミスタはひとり下唇を突き出してむくれ顔になる。
ジョルノは年下の男だが、ことミスタ相手に関しては、昔から妙に背伸びをしたがるところがあった。二人して三十路を過ぎ、多少の年の差はないも同然な年代になったにも関わらず、未だジョルノはわかりやすくミスタとの年の差を埋めようとするような言動を取ってくる。そんなところも可愛くて滑稽で、ときどき憎たらしいくらいに愛おしいのだが、突然容赦なくミスタを骨抜きにしてくるので油断ならない。ピチピチだった十代二十代の頃ならいざ知らず、渋くてダンディーなナイスガイたる今の自分に向かってうっとりと「綺麗だ」なんて言うやつは、世界中でジョルノ一人しかいやしないだろうとミスタは確信していた。
「──にしても、遅いな」
タブレットのディスプレイの端、デジタル時計は22時を示したところだった。ジョルノが参加している会合自体は面倒なものだが、聞いた限りでは警戒すべき相手はいなかったはずだ。むしろ、よくしてくれるお偉いさんばかりだと言っていた。そのお偉いさんの話がとてつもなく長いのかもしれない。ご愁傷さん、とばかりにひとつため息をつくと、ミスタはタブレットを操作してカメラロールを開いた。
ジョルノが休みだった昨日の夜、前夜祭ということで、ミスタのささやかな誕生日パーティーが行われた。参加メンバーは、ジョルノと主役のミスタの二人きり。ピストルズを入れるなら八人だ。贔屓の店でジョルノが買ってきてくれたイチゴのケーキは、今年も変わらず美味かった。プレゼントは何がいいかとしぶとく尋ねてきたジョルノのどこか必死な瞳も、例年に漏れず可愛かった。
互いを押し退けてカメラに収まろうとしていたピストルズは当然ながらどの写真にも映っておらず、あいつらほんと学習しねえなあとミスタはくつくつ笑った。ジョルノと肩を組んで撮った自撮り写真は、よく見れば若干ブレている。確か去年も一昨年も、ジョルノの誕生日に撮ったものもブレていた。ピストルズにシャッター係を頼んだところで、おとなしく従わないのは目に見えている。それ以前に、多分スタンドである彼らの指ではタッチパネルが反応しない。いいかげん、スマホリングなりミニ三脚なりを買ってもいいかもしれない。忘れないうちに、と通販サイトを開いたところで、玄関から鍵の開けられる音が聞こえた。ミスタはタブレットを置いて、身を起こした。
「ただいま、ミスタ」
廊下の冷えた空気とともにリビングに入ってきたジョルノからは、微かにアルコールの匂いがした。酒臭い、とまではいかないが、酔っているようだ。おかえり、とキスをした頬が、外の寒さに当てられたのと相まってのぼせたように赤い。
「ごめんなさい。誕生日なのに、遅くなっちゃって」
少しふらつきながら、ジョルノがコートを脱ぐ。クローゼットからハンガーを取りつつ、ミスタはちょっと口を尖らせて「さびしかったあ」と拗ねてみせた。ジョルノは酒に潤んだ目でミスタを見下ろして(そう、見下ろして!)、「拗ねないで」と頭を擦り寄せてきた。鼻先を埋められた首筋がくすぐったい。ミスタは回した手でぽんぽんとジョルノの背を叩いてやってから、コートを受け取ってハンガーにかけた。クローゼットにしまう。
「けっこー酔ってんなぁ。車は?」
「代行ドライバーを頼みました」
「そっか。飲んべえだったのか? 今日のお相手は」
「ええ、まあ、かなり。テンションを合わせようとしたら、ちょっと飲みすぎた」
「あんまムチャすんなよ、おめーももう34なんだから。まだ四捨五入すれば30ですう〜なんて安心してちゃあダメだぜ」
40に近くなった自分を棚に上げて忠告し、冷蔵庫の中のペリエを取りに行こうとしたミスタの腕を、ジョルノがつかんだ。
あっこれは、と気持ち身構えつつ振り向いたミスタだったが、ジョルノは雄臭い空気を纏っているでもギラついた目をしているでもなく、いつものつんと澄ました表情でミスタを見ていた。
「きみに、誕生日プレゼントを用意しました」
「おっ!」
ジョルノがスラックスのポケットに手を入れる。何だろう、とミスタはわくわくしながら見守った。もともとプレゼントはいらないとは言っていたし、あんなに粘ったジョルノが酔って忘れていたとしても、それはそれでイジれるからおもしろいなと思っていたけれど。用意されているなら、もちろん欲しい。
「……喜んでくれるかどうか、わからないけど」
「んー? へへ、何だって嬉しいぜー、おめーからもらえるモンなら」
「本当?」
ジョルノは少し表情を明るくすると、ポケットから取り出したものを両手でミスタに差し出した。
「はい、これです。誕生日おめでとう、ミスタ」
ジョルノから手渡されたのは。長方形の紙の束だった。よく見ると等間隔に切り取り線が入っていて、ハサミで切り離して使うもののようだ。チケットか? と首を傾げつつ書かれた文字を読もうとするが、ジョルノの手書きらしいその文字はイタリア語ではない。ミスタはチケットを手に、ジョルノを見上げた。
「グラッツェ〜。でも何て書いてあんの? コレ。読めねえ」
「それは、日本語で……ええと、なんでも、……きる、券、って……」
ジョルノは急に小声になってしまい、聞き取れなかったミスタは耳に手を添えつつ「んん?」と聞き返す。そうしながら、にやにやと口角が上がっていくのを抑えられない。日本語はさっぱりわからないが、ジョルノの反応から、書かれている内容の予測はだいたいついてしまった。もともと赤かった頬をさらに朱に染めながら、ジョルノが再び口を開く。
「……『なんでもおねだりできる券』、です」
ヤケクソのように発せられた一言に、とうとうミスタはぷっ、と吹き出した。肩が震える。
「ええ〜? こ、これ……ふふっ、全部オレが使っていいワケ?」
「もちろん。きみへのプレゼントなんだから。でも、有効期限はあります」
「あ、ほんとだ書いてある。来年の12月2日まで有効ってか。さすが……キッチリしてんなあ」
ミスタはジョルノとの距離を詰めた。三十路も半ばになってなおきらきらとまばゆいばかりに美しい男を、目を細めて見上げる。
「なあ〜ジョルノ、これいつ作ったの?」
「……昨日、きみが寝たあと、こっそり」
「こんなチマチマ切り取り線まで引いて」
「うちにはミシンがないから」
「今の今まで渡すのもったいぶっちゃって」
「だって……シラフじゃ渡せないだろ……こんな、子どもの工作みたいなもの」
せっかく酒を入れたのに結局決まり悪そうにしているジョルノを、ミスタは真正面から思い切り抱き締めた。
昨日の夜に作ったということは、今日の昼過ぎ、ついてきちゃダメですよなんてそっけなく言ってきた彼のポケットに、すでにこのチケットは忍ばせてあったわけだ。どうやってミスタに渡すか、彼は頭の片隅でずっと考えながら、車を飛ばし、お偉いさん方相手にそつのない笑みを向け、会合の席で真面目な顔で発言などしながら、日中過ごしていたわけだ。
会食のときペースを合わせざるを得なかったという飲んべえも、果たして本当に存在したのだろうか。スラックスのポケットに入れた指先でそっとチケットの感触を確かめながら、言葉少なに、ハイペースでグラスを空けていく壮年のギャングスターの姿がありありと想像できてしまって、ダメだった。おかしさと愛おしさといじらしさが一気にこみ上げて、下手をすれば笑いに混じって涙がこぼれてしまいそうだった。
「はー……あーあ、おめーってほんと、おもしれーヤツだよなあ!」
「おもしろ……? な、なんでっ」
「わりーわりー! グラッツェ……グラッツェ、ジョルノ。愛してる」
「うん──」
ぼくも、と続けようとしたであろう薔薇色の唇を、ミスタはキスで塞いだ。言ってくれなくたって、わかっている。
「大事に使わせてもらうぜ、これ」
ジョルノの口内に残るアルコールの香りを堪能し、濡れた唇を舐めて、チケットを手にしたミスタは笑った。
「大事に使うんじゃあなかったんですか?」
冷えたペリエを飲み、シャワーを浴びて大方酔いの抜けたジョルノは、寝室に入るなり突きつけられた3枚のチケットを見て目を丸くした。
「もっちろん。でもよー、大事にしすぎて期限が切れちまったら元も子もねーだろ?」
ババ抜きの手札のように綺麗に扇形に広がったチケットの向こう側から、ミスタがひょいと顔を覗かせて言う。ジョルノが帰宅する前にシャワーを済ませていたらしいミスタは、シンプルなスウェット姿だ。露出は少ない。ちなみに25を過ぎた頃から、ミスタはいくらか趣味が変わったらしく、普段着でいるときもへそを出さなくなった。服に隠れる場所が増えたので、ジョルノとしては都合がいい。
「太っ腹のジョルノくんがたっくさんくれたし、大事にどんどん使うぜ、オレはッ!」
プレゼントされたばかりだから奮発してたくさん使いたくて、でも4枚目はあってはならないので、3枚に留めておいた。──そんなところだろう。ともあれ、喜んでもらえてよかった。あくどい笑顔につられて苦笑を浮かべながら、ジョルノはキングサイズのベッドの端に腰掛けた。ミスタも丸い尻をどかりとシーツに沈める。
初っ端からベッドの上で使うとは、さすがミスタだ。期待を裏切らない。3枚一気に使われるというのは、想像以上だったけれど。
「じゃあ、チケットを拝見します」
「へっへっへっ、お願いしまーす」
恭しく手を差し出せば、お芝居じみたことが好きな彼は楽しそうに乗ってきた。切り取り線に沿って綺麗に切られたチケットが、間違いなく3枚、ジョルノに渡された。ジョルノはヘッドボードからペンを取って、3枚のチケットの余白に今日の日付を記入した。2019年12月3日。
「……はい。間違いなく、3枚。ほんとにいいんですね? ミスタ。1枚ずつじゃあなくて」
「残り枚数が少なくなってきてからにするぜ、そーゆーみみっちい使い方はな」
上下の白い歯の間から覗いた赤い舌が、真っ黒い髪と瞳に映える。どくん、と心臓が高鳴ったのとほぼ同時に、ジョルノの体は柔らかなシーツの上に押し倒された。腰骨の上に馬乗りになったミスタが、首を傾けてジョルノを見下ろしている。昔から見慣れている仕草だ。大好物を目の前にしたとき、そしてそれを食べるときのミスタの仕草は、十数年前から少しも変わっていない。
ジョルノの頭の横に散らばったチケットの1枚を、ミスタがもったいぶって拾い上げる。歪な爪の張り付いたその指先に、ジョルノは自分の指を絡めた。
「ミスタ……それ。一応、もう一度説明しておくけど」
「あ? さっき聞いたぜ、ちゃんと」
露骨に白けた顔をしつつも、ミスタは律儀に応えてくれる。
「有効期限があって、来年の12月2日までなら使える」
「ええ」
「あと、これは日本語なんだろ? 『なんでもおねだりできる券』って書いてある」
「そう、そのとおり」
ジョルノは空いている片手を持ち上げて、ミスタのスウェットの下に滑り込ませた。若い頃より筋肉で厚みを増した、なめらかな脇腹に触れる。ん、とミスタが鼻にかかった声を洩らし、手にしたチケットとジョルノを咎めるように順に見た。
「おい──」
「その前にもう一言だけ、書いてあるんだ」
「は?」
「このくらいなら、きみにも意味がわかると思ったんだけど」
ミスタの指を解放してやりながら、ここ、とジョルノはチケットに書いたある文言を指した。何かを察したらしいミスタの眉間に、じわじわとしわが寄っていく。厚い唇の隙間から絞り出すように、ミスタは「……なんて」と言った。
「なんて、書いてあんだよ」
浅く窪んだミスタのへそに気まぐれに爪を引っ掛けながら、ジョルノは微笑んだ。そして弓なりになった唇のまま、はっきりと通るテノールの声で、教えてやった。
「『ジョルノがミスタに』と書いてある」
「……んだと?」
「きみへのプレゼントだ。使うタイミングと枚数は、もちろんきみが決めていい。でも、おねだりはぼくがする。このチケットは『ジョルノがミスタになんでもおねだりできる券』だから」
瞳に光が宿るくらい大きく、ミスタの目が見開かれる。その瞳が動いて、ベッドの上を見た。ミスタが自分の手でハサミを入れ、ジョルノに渡して数まで確認させてくれたチケット。彼の手の中にあるものも含めて、3枚。もう、今日の日付まで書いてしまった。今更無効にしてくれとは言わせない。
「て、て、てめー……きたねーぞ! ズルい!」
「確かに説明不足だったかもしれないけど、ズルくはない」
「ああ!?」
「だってきみ、『何でもいい』って言ってただろ?」
ミスタの眠る寝室のほうをちらちらと気にしながらチケットを作っている間。車で会合に向かっている間。お偉いさん方に笑顔を向けている間。そして、シラフじゃあとても渡せないからと、ハイペースでグラスを煽り続けている間。心の拠り所のように思い起こしていた一言をジョルノが掲げれば、ミスタは「う」と言葉を詰まらせた。
「ぼくからもらえるものなら何でも嬉しいって、さっきも言ってくれた」
ぐう、とミスタの喉が鳴る。しばらく悔しそうに黙ってから、彼はジョルノを見下ろして、負け惜しみのように毒づいた。
「……34にもなってよぉ〜、よくもまあ、そんな可愛い路線でオレを丸め込もうとできるよなあ?」
「へえ、ぼくのこういう言動を、きみは可愛い路線だと思ってくれてるんですか」
「…………」
「37になったきみのほうがずっと可愛いし、セクシーだ」
力の抜けた手からはらりと落ちたチケットを拾い、ジョルノは馬乗りになったままのミスタを見上げる。そして、手にしたチケットをひらりと揺らしてみせた。
「……おねがい、グイード。服を脱いでみせて」
ミスタの目が、静かにすがめられた。昔から、とんでもなく肝の据わった男だった。そんな彼が30も後半ともなれば、命のやり取りのない場で腹を括ることなど、本当は造作もないことなのかもしれない。ふう、と吐き出された深い息の音に、ジョルノの背筋がぞくりと震える。
節くれ立った浅黒い指が、スウェットの柔らかい生地に緩やかなしわを刻む。少しずつ露わになっていく、小麦色の素肌。
なぞるように視線を上げていけば、厚い胸板の上からこちらを見下ろす、射抜くような眼差しとぶつかった。
ごくりと唾液を飲み下したジョルノを愛おしむように、あざけるように。
愛してやまない年上の男は、官能的な唇の端を少しだけ持ち上げて、確かに笑った。