まっすぐ目を見られないのはなぜだろう

※タイトルは診断メーカーより

 

「ミスタ様は黙っていると怖い」と、屋敷に住み込みのメイドたちが話しているのを聞いた。こっそり聞き耳を立てて続きを聞いたところによると、どうもいつでも真っ黒な彼の目が怖いらしい。
 確かに、少し変わった瞳ではあると思う。黒い瞳、といえばそれまでだけど、ミスタの場合その黒さが尋常じゃあない。正真正銘の黒一色で、目としての機能を果たしている以上確かに存在するはずの虹彩や瞳孔が全く見えない。紙に落としたインクみたいに透明感がなくて、ともすれば白目にぽっかり穴が空いているようにも見える。平面的なのにどこまでも奥行きがあるような、不思議な瞳をしている。
 メイドたちだけでなく、数人いるミスタの部下たちも、彼を慕う一方で「あの目は本当に怖い」と怯えてもいるのをぼくは知っている。あくまで知っているだけで、同意はしない。
 ずいぶん前から、ぼくは彼の瞳が好きだ。黙っているときはもちろん、笑っていても怒っていても静けさを保っている漆黒は、見ていると落ち着きすら感じる。精神が摩耗したとき、何より恋しくなるのがあの瞳だと言っても過言ではない。だからぼくの執務室は、彼にだけ特別敷居を低くしてあるのだ。あまりアイツを甘やかすなとフーゴにはよく言われるけれど、ぼくはぼくを甘やかすためにそうしているのである。口にしたところでただのアブない奴だと思われるのは目に見えているから、誰にも言わずにいるけれど。

「ジョルノォ……メイドたちがよぉ、オレの悪口言ってた……」
 今日も執務室まで押しかけてきて盛大に嘆く、黒い瞳の拳銃使い。肝が据わっているくせにいつもしょうもないことで傷付く彼の泣き言を背中で聞きながら、ぼくは書類を整理する手を止めずに言葉を返す。
「目が怖いって?」
「な、なんで知ってんだよ」
「みんな言ってるから」
「みんな言ってんのぉ!?」
 ショックだ、知りたくなかった! とミスタは心底悲しげに喚く。
 本棚のガラス戸を閉じて、ぼくは彼に向き直った。目が合った彼は、やかましさとは裏腹に、やはりしんと凪いだ黒い目をしている。
「そんなに落ち込まないで、ミスタ。ぼくは悪くないと思うよ、きみの目」
「え、そうお?」
 彼がそれであっさり機嫌を浮上させるのも、声音や表情がぱっと明るくなるのも、想定内のことだった。彼は元気を取り戻し、ぼくはまっすぐ自分に向けられた闇色に癒される。ぼくしか知らない共存関係が、今日も密かに成り立つはずだった。
 予想を裏切ったのは、まさしくその瞳だった。ぼくを見る彼の漆黒の瞳には、見落としてしまいそうなくらい控えめに、でもはっきりと、一筋の光が宿っていたのだ。
 音がしそうなくらい急激に、血液が首から上に上っていくのがわかった。それこそ光の速さで、ぼくはミスタの瞳から目を逸らしていた。
 知らなかった。恐怖は必ずしも血の気を引かせるばかりじゃあないって。
 メイドや部下が言っているのとはまた違うけれど、なるほど、確かに、怖いのかもしれない。ミスタの目。
「いや、なんでおめーが赤くなってんの?」
 うつむいたままばくばくする心臓を落ち着けようとするぼくの異状を、目ざといミスタは当然見過ごさない。相手がミスタとはいえ、弱みは握られたくはない。ここは、自分の発言に照れたことにしておこう。
「……人のこと褒め慣れてないんで」
「ウケケッ、難儀だなあ」
 憎たらしいくらい呑気に、ミスタが笑う。人の気も知らないで。いや、知らなくていいんだけど。
 意を決して再び結んだ視線の先、長いまつげの陰になった瞳は光のない闇の色に戻っていた。味わったことのない恐怖から解放されたことに、もちろんぼくは安心して。
 そしてなぜか、ほんの少しだけ、未練を覚えてしまったんだ。