罪の味を喰らえ

 磨き込まれた応接テーブルに、色とりどりのボールが詰まった小箱が置かれている。ボールはクリスマスツリーに飾りつけるオーナメントにも似ているが、ひとつひとつがキャンディのような両端のひねられた包みになっている。中に入っているのはチョコレートだ。包みの色によって、味が違う。
「どれにしよっかなぁ」
 宝石箱のような小箱の中を指先でかき分けながら、ミスタが弾んだ声でつぶやいた。
「どの色が何味なんだっけ」
「ええと」
 顔を上げないまま隣から尋ねてきたミスタに応え、ジョルノは脇に置いていた小さなリーフレットを手に取る。このチョコレートボックスに一緒に入っていたものだ。
「赤いのがミルク。青はダーク。黄色がホワイトで、緑が抹茶……で、茶色いのがヘーゼルナッツらしいです」
 ジョルノが甘い香りの移ったリーフレットを読み上げると、ミスタは顎に手を当てて「うーむ」と唸った。真剣な眼差しはチョコレートから逸らされない。やがて周りにいたピストルズが痺れを切らし、思い思いのタイミングで箱からチョコを抱えていってしまう。
「あっ、おいッおめーら! まだオレが選んでんだろーがッ!」
「イイダロォー! イッパイアルンダカラヨォー」
「ケチケチスンナヨナ」
「ミスタガ悩ミスギナノガ悪ィンダヨーッ」
「オレがもらったやつだっつーのに……ったくよぉ〜」
 宙に浮かんだカラフルなチョコを睨みつつ、ミスタは悪態をつく。忌々しげに下唇を突き出しているが、さほど気にしてはいないはずだ。

「きみにチョコを贈ってもいいかな。日頃の感謝を込めて」
 午前の任務を終えた帰り道、街中を彩るサン・バレンティーノの空気に背中を押されて、ジョルノは隣を歩くミスタにそう言った。
 発言に嘘はなかったが、本心を全て口にしたかというと否だった。込めたかったのは感謝だけではない。ちょっと目を見開いてこちらを見下ろし、「マジ?」と弾んだ声で返してきた彼が、やたらとまぶしく見えるようになって久しかった。
「じゃあ気になってたチョコがあるからよー、それ買ってくれよ。このへんに店あるし」
 清々しいほど脈のない反応に若干むなしさを覚えつつも、ジョルノは先導を始めたミスタに続いた。そして着いた先でねだられて買ったのが、一口サイズの丸いガナッシュボールがたくさん入ったアソートボックスだった。
「グラッツェ! これうまそうだしさ、いろんな味がたくさん、平等に入ってるだろ? それがいいんだよなァ」
 シックな紙袋を持ち上げて、ミスタはどこか得意げに言った。贈られたチョコのうちけっこうな数がピストルズの取り分として持っていかれることも、種類と数に偏りがあれば彼らのケンカのもとになってしまうことも、きちんと計算に入れたうえでのリクエストだったというわけだ。バレンティーノにかこつけてとびきり洒落た高級チョコを贈る気でいたジョルノは拍子抜けしたが、こんな日にまでミスタらしいなと微笑ましくも思えた。
 ちなみにミスタは、同じ店でトリュフのアソートボックスを買って、「ほい、オレからも。いつもお疲れ、ボス」とその場でプレゼントしてくれた。
 ジョルノはもちろん、喜んで受け取った。
 ──このチョコに込められたきみの想いが労いだけじゃあなかったら、もっと幸せなんだけど。
 心の中でつぶやいた一言が、贅沢すぎる願望であることは理解していた。

 ミスタに贈られたほうのチョコは、いまテーブルの上にはない。「あいつらに見つかるとおめーのも狙われるぜ」と、ミスタが有無を言わさずジョルノのデスクの引き出しに隠してしまったからだ。
 この部屋にまだ魅力的なチョコがあることなど知らず、ミスタの周りで無邪気にはしゃぐ小人たちは、今日も変わらず愛らしい。それに加え、今日ばかりはほんの少しだけ憎たらしくも思えてしまう。意中の男に常に想われている彼らのことが。
 ミスタ。他の誰でもない、きみが食べたいと思うチョコを、きみだけに贈りたかったのに。きみだけに食べてほしかったのに。
 ジョルノは鼻からふっと小さく短い息を漏らし、ぴらぴら揺らして弄んでいたリーフレットをテーブルの上に戻す。
 くだらないわがままだ。鈍いミスタを内心でなじり、際限なくいじけてしまいそうになる自分が情けない。悪者がいるとするなら、脈を作り出そうともせず、「日頃の感謝を込めて」なんて初っ端から逃げを打った臆病な自分に他ならない。
「んじゃあオレは、これにすっかな」
 満を持して、ミスタの指先がひとつのチョコを選び取った。ミルクチョコの入った、赤い包み。ピストルズが取っていったどの包みとも被らない色だ。きみが好きなのはぼくと同じでヘーゼルナッツじゃあなかったっけ、と突っ込みそうになる口を、ジョルノは締め直す。
「ミスタァ、ウマク開ケラレナイヨォ……」
「一人ジャア引ッ張レネェゼー」
「ああ? 二人で端っこ持ってよぉ〜、せーので一緒に引っ張りゃあ開けられるだろ」
「コウカ?」
「セーノッ」
 No.5とNo.7が協力して包みを開け、中から出てきたチョコに嬉しそうにかじりついたのを、黒い目はめんどうくさそうに見届けた。それから、ピストルズより先に食べてほしかったな、とやきもきするジョルノをよそに、ミスタはようやく手元の赤い包みの両端を引っ張った。
 丸くつややかなボールが、大きく開いた口に放り込まれる。冷え込んだ外から持ち帰られてさほど時間の経っていないチョコは、ミスタの口の中でカリッと心地よい音を立てて噛み砕かれた。咀嚼するミスタの表情が華やいでいく。ジョルノの胸の裏をちくちく突っついていた針は、それだけで何本か消えてしまう。恋の力は偉大で、現金だ。
「んー、うめえ!」
「それはよかった」
「一番人気なだけあるぜ〜。ホレッおめーも食えってジョルノ」
「うん」
 ミスタだけに食べてほしいとはいえ、もらえるのが自分となれば話は別だ。一番多く残っている味は何だろうとジョルノが目で数えていると、ミスタの指先が再び小箱に突っ込まれ、二つのチョコを選び取った。包みの色は緑と茶。お、とミスタが目を輝かせる。
「抹茶味。食ったことねーなぁ」
 言うが早いが、ミスタはさっさと緑の包みを剥いて、ぽいと自分の口に入れてしまう。カリカリと音を立てて噛み、ややあって「ふーん……なるほど」となんともいえない感想を漏らした。あまりお気に召さなかったらしい。
 続いて、ヘーゼルナッツ味の茶色い包みが開けられる。大きな手のひらに転がった丸いチョコは、中のガナッシュだけでなく外側のコーティングにも砕かれたナッツが混ぜ込まれている。きっとミスタは気に入るはずだ。どんな顔をして食べてくれるだろうと見守るジョルノの眼前で、爪の短い指先につままれたチョコが持ち上げられる。間近に漂う甘く香ばしい香り。ナッツのかけらの少しちくちくとした感触。あれ、と思ったときには、丸いチョコはジョルノの唇に押し当てられていた。
「口開けな」
 ミスタに言われるがまま、ジョルノは小さく口を開ける。上下の歯で軽く挟むようにしてチョコを受け取ると、ミスタは離した指先をそのまま自分の口元に持っていき、無造作にぺろりと舐めた。
「どお? ウマい?」
 吸い込まれそうな瞳を向けて問われ、ジョルノは口元を押さえて頷く。チョコはジョルノの口にはやや大きく、噛み砕くにも一苦労だ。硬いコーティングチョコに包まれたガナッシュは、とろけるように甘い。複雑な風味がしているのだろうが、今のジョルノには甘いことしかわからない。
「おめーもヘーゼルナッツ好きだもんな」
 そう言って目を細めるミスタの表情に、声音に、あらゆる神経が焼き切られてしまったようだった。触れ合っている肩に感じるぬくもりが、ジョルノの鼓動を今さらのように大きく速くする。「オレもそれ食おっと」と再び茶色い包みを探し始めるミスタの隣で、ジョルノはあらゆる感情を巻き添えに口の中のチョコを飲み込んだ。

 ジョルノにとっても大ぶりだったガナッシュボールは、体の小さなピストルズには当然相当なボリュームがあったらしい。全員ひとつか二つで満足したようで、心なしか膨らんで見える腹をさすりながら、めいめいミスタのリボルバーの中に戻っていった。ミスタの頼れる相棒である一方赤ん坊のようなライフスタイルをもつ彼らは、これから小一時間ほど昼寝をすると思われる。
 訪れた心地よい静けさの中、ミスタがやれやれといった様子で残ったチョコに手を伸ばす。小箱の中身はずいぶん少なくなっていて、カラフルな包みの隙間から箱の底が見えている。ヘーゼルナッツ味はもう残っていなかった。
「ぼくのトリュフも、彼らにいくつか食べてもらってよかったのに」
 ちらりとデスクのほうを見て、ジョルノはつぶやく。ミスタが隠したとはいえ、自分のチョコだけ死守される形になったのが申し訳なく思えてくる。
 ミスタは青い包みを開けてチョコを取り出しつつ、「いーんだよ」と平坦な声で返事をした。暗色のダークチョコは、くすんだ桃色をしたミスタの唇によく映える。
「だってあれは、オレがおめーに贈ったやつだろ? あいつらになんか渡さねーで、おめーだけに食べてほしいじゃあねーか」
 チョコを噛み砕きながらそう続けたミスタを、ジョルノはぽかんと見つめた。うめえ、と幸せそうにひとりごち、ミスタは咀嚼を続けている。
「どした?」
 ややあってこちらを向き、不思議そうに眉を上げた意中の男に、ジョルノは何も返せなかった。
 おめーだけに食べてほしい。
 どうしてきみは、なんのためらいもなくそんなことが言えるんだ。
 どうしてぼくは、それだけのことが言えなかったんだ。
 八つ当たりめいた感情が渦巻いて、膨らんで、体が内側から爆ぜてしまいそうだ。
 ジョルノは黙って小箱から緑の包みを取ると、荒っぽく両端を引いた。そして、言葉にならない衝動をぶつけるように、開いていたミスタの口に抹茶味のチョコを押し込んだ。
 唇の間にわずかに潜り込んだ指先が、じんと溶けそうに熱を帯びる。
「ぼくだって、そうだったよ」
 目を白黒させるミスタに、ジョルノはやっとのことで、それだけ告げた。