「ただいま」と言ったついでのように、「これお前の分」と竹皮の包みを渡された。
団子を買ってきたのだという。峠に新しくできた団子屋が評判らしいと、世間話のつもりで最近話題にした覚えがあった。
礼を言って受け取り、早速包みを開けて食べる。よくある三色団子だが、噂に違わず美味い。
「ほら、最後のはお前が食え」
串に残したひとつを差し出せば、奴は「俺は食ってきたからもう要らねえよ」とぶっきらぼうに言った。それでも串を引っ込めずにいると、しぶしぶ大口を開けてぱくりと食らいついてくる。
「ん、確かにうめぇなこれ……あっ」
食ってきたと言ったくせに、口を滑らせて気まずげな顔をしている。
まったく、甘く見られたものだ。「今月は物要りだった。もう金がなくなっちまう」とこの前ぼやいていたのを、私が都合よく忘れているとでも思ったのだろうか。
「次は二人で食べに行こう」
「……おう」
「またきり丸のアルバイトを手伝うと言っていたな。バイト代で二人分買えるだろう」
「なんで俺がおごる前提なんだよ」
反論をいなし、腰を上げた。食後の茶でも淹れてきてやることにする。
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「部屋で宝禄火矢の調合するんじゃねぇ!」と文句を言ってきたので、「宝禄火矢じゃなくて煙玉だ」と言い返した。
「同じようなもんだろ! 暴発したらどうすんだ!」
「同じじゃないとわかってるだろう。暴発したって大したことない。そもそも私は暴発なんてさせんがな」
言い連ねてやれば、奴は早々に反論を諦める。勝敗が見えているときのこいつは案外引き際を弁えている。
「油断大敵火がボーボー、つってな」
縁起でもないことを吐き捨てて、部屋から出ていく。私を追い出すことはせずに。
「…おい、油断はすんなよ。本当にっ」
すたんと障子を閉める直前にそんなことを言い残していくせいで、私は今日も作業を急ぐ羽目になる。「終わったぞ」と呼び戻してやるなら早めがいいと思うから。
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「この名は今日で終いなんだ」
もうくぐることのない門の前で打ち明けると、六年間同室だった男はちょっと目を見開いてから「偽名で生きるのか」と問うてきた。
「ああ、忍軍の方針らしい。今後どういう名になるかはまだわからんが、とにかく今の名は捨てろとのことだった」
「そうか」
捨てるべきが名前だけではないことは言うまでもなかった。左右不揃いな雌雄眼がもっと歪んでしまう前に、「なあ、文次郎」と改まって呼びかける。ひびのような一筋のしわを眉間に残したまま、文次郎は黙って先を促す。
「この話は、お前にしかしていない。お前だけだぞ、知ってるのは」
「……脅しかぁ? それは」
「そう思いたいならそれでいい」
「違うなら違うって言えよ」
めんどくせえな、となじられる。お前こそ、これが脅しだなんてつゆとも思っていなかったくせに。
大仰にため息をついた文次郎が、一歩距離を詰めてくる。
「わざわざ言われなくたって、俺はこれまでのお前をいなかったことになんかしてやらねぇ」
真っ直ぐに私を見ていた瞳は、結局大きく歪んで逸らされてしまった。
「できるわけがねえだろう、仙蔵」
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一緒に団子を食べに行った。
誰よりも早く真新しい煙玉を見せてやった。その威力まで見てくれた。
「じゃあな、立花仙蔵」
今日をもって変わる私に、最後は笑顔で別れを告げてくれた。
潮江文次郎を誰より愛し、誰より奴に愛された日々だった。
それ以上のことは求めなかったし、いらなかった。
これでいい。これでよかったのだ。
違う形の愛を望んだところで、実りを待てる身ではないとわかっていたから。
私も、文次郎も。