vs.blue sky

 応接テーブルに広げられた、おととい付けの新聞。その上に整然と並べられた銃のパーツを、器用に動くまるい指先が次々拾い上げては鮮やかに手入れをしていく。
 バレルの内側に何度か細いブラシを往復させ、新聞紙の上に煤を落とす。外側を丁寧に磨いたウエスを一度内側にも通してから、傍らに置いていたシリンダーに持ち替える。ピストルズの寝床である六穴を平等に時間をかけて綺麗にし、確かめるように片目を閉じてひとつひとつ覗き込む。それも済んだらまた次のパーツを手に取って、先ほどとは微妙にサイズと形の異なるブラシで煤を払い、ウエスに溶剤を少し足して細かい溝や穴の中まで徹底的に拭い上げる──
 換気のために開け放った窓から吹き込んだ微風に乗って、オイルや揮発した溶剤のにおいが、ジョルノのいる執務室の奥まで漂ってくる。ツンとくるそのにおいも、愛銃のメンテナンスを行うミスタによって生じているのだと思うだけで、なんだか嫌ではなくなるから不思議だ。窓枠の向こうの空模様を背景に黙々と手入れに没頭するミスタの姿が、ジョルノは好きだった。デスクからいくら眺めていても飽きない。
 飽きないのだが、今日はいくらなんでも時間がかかりすぎている。いつもどおり丁寧かつ手際よくメンテナンスを行っているようで、同じ作業を何巡も繰り返している。デスクの片隅に積んだ紙の山を一瞥してから、ジョルノはスプリングに錆止めのオイルを塗り込むミスタに声を掛けた。
「ミスタ、ぼくの観察が間違ってなければ、その作業もう五回目です。そろそろ切り上げて、報告書を仕上げてくださいよ」
「ゲッ、どんだけじっくり見てんだよォ」
 嘘のつけないたちであるミスタは目に見えて肩を強張らせ、引きつり笑いを浮かべてジョルノに応える。回数については、退屈したピストルズがときおり報告してくれていたのだとは明かさないことにして、ジョルノは「ぼくの目をごまかそうなんて思わないことだ」とぴしゃりと言い放った。
「きみがメンテナンスしてるところ毎日のように見てるんだから、それだけ時間がかかっていればすぐに不審だとわかる」
「不審っておまえ。しぶとい汚れと格闘してるときだってあるかもしれねーぜ? まずは『今日は時間がかかっているね?』ぐらいの声掛けからやるべきだと思うね、オレは」
「なるほど、次回からはそうしよう。でも今の言い方から考えるに、少なくとも今回はしぶとい汚れと格闘してたわけじゃあないってことですよね」
「あっ!? うーん、まあ、そういうことになる、かな……?」
「はい、じゃあ早く、報告書に取り掛かるッ」
 ぱんぱん、と手を叩いて急かしてやると、ミスタは「血も涙もねぇ」だの「揚げ足取りやがって」だのとぶつぶつ文句を言いながらも、すっかり綺麗になったパーツを組み立て始めた。勝手知ったる様子でなめらかに動く手元。不満の大いににじむ、唇の少し突き出た横顔を眺め、ジョルノはこっそりとため息をつく。
 あっと言う間に元の形に戻したリボルバーをミスタはせめてもの抵抗のように今一度拭き上げると、手の中で鮮やかに回転させて、ボトムスの腰に収めた。往生際の悪いことに、窓際のソファーから未だ立とうとはしない。応接テーブルを汚さないよう敷いていた新聞紙を、のろのろと畳んでいる。
「オレ、書類書くのキライ」
 開いたままの窓の向こう、抜けるような青空をまぶしそうに眺めながら、ミスタは大人げない言葉を発した。真昼の陽光にぼやけたミスタの輪郭を見失うまいと目元に力を込めつつ、ジョルノは応じる。
「よーく知ってる。でも、きみがこなした任務の報告書はきみしか書けない」
「…………」
「いつも書く暇もないくらい慌ただしく出かけさせてしまってるから、今日は一日内勤にしたんです」
「わかってるよ……」
「わかってるなら早く書いて。せっかくこなしてくれた任務がきみの記憶から消えないうちに」
 ミスタは返事をせずにしばらく窓の外を眺めていたが、やがてしぶしぶといった様子で立ち上がり、デスクのそばまで来た。端に積まれたほぼ白紙の報告書の束を取り、ジョルノには目もくれずにまた窓際のソファーに戻っていく。ブーツからボールペンを取り出し、面倒くさそうに報告書の枚数を数えている彼の顔といったら、拗ねた子ども以外の何物でもない。
 ドン・ジョルノの懐刀と恐れられる男のこんな顔、知っているのは自分だけというのは、まったくもって悪くないけれど。それでもジョルノは、気が気でない。ミスタがシリンダーの穴を通して空を見るたび、差し込む陽光に目を細めるたび、落ち着かない気持ちになる。日頃彼の背景に徹している空にひとたびミスタが目を向けると、ジョルノはどうしても内心穏やかでなくなってしまう。
 ブチャラティのチームに属していた頃から忠実で、ジョルノの命じた仕事もそつなくこなすミスタ。しかし本来は何物にも縛られず気の向くままに生きる男らしいと、彼を側近につけてものの数日でジョルノは悟ることとなった。
 彼のその自由気ままな性質が、ジョルノに誓った忠誠心や、やるべき仕事への責任感を上回ったとき。ひょっとしたら彼は、ちょっとしたことをきっかけにこちらの隙を突いて、青空に誘われるままふらりと屋敷から出ていってしまうのではないか。そして二度と、戻ってこないのではないか。なんのしがらみもない外の世界から。
 そんな不安が、ふとしたときにジョルノを襲う。特に今日のような、彼の何より好む心地よい陽気の日は。
 窓から突然強い風が吹き込んで、応接テーブルの上の報告書がひらひら舞った。ミスタは小さく舌を打ち、立ち上がって床に落ちた報告書を拾い集める。それからまたソファーに座り直して、続きを書き始めた。ときおりくるくるとペンを回しながら、リボルバーの手入れをしていたとき同様、黙々と。
 やがてジョルノはそっとデスクを離れ、開いたままになっていた窓をぴっちりと閉めた。どうしてもミスタを閉じ込めるようなイメージがついて回って、それを本人に悟られていやしないかとまた不安になる。そしてなぜか若干の愉悦を覚えている自分にもジョルノは気付いているのだが、その理由について突き詰めていくのはまだ怖かった。
 涼しい顔で、デスクに戻った。ガラスのフィルターがかかった青空に興味はないのか、それとも単に筆が乗ってきただけなのか。ミスタはもう、窓のほうには見向きもしなかった。